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よろず相談お受けします

  1. 2011/07/24(日) 05:21:49|
  2. 考えごと|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
先日、とある先輩さん(ただし年下。)から、
「話したいことがあるんですけど」と飲みのお誘いを受けました。

正直、そうやって話し相手に選んでいただけるのは
とっても有り難いことだと思っております。


 
考えてみたら、結構昔から、
割といろんな人から何かと相談されることが多かったような気がします。

それがどうしてなのか、実は自分なりには思い当たるトコロはあったのですが、
良い機会だったので、その先輩さんに

「あたしゃ昔からよくそうゆう相談をされるんだけど、どうしてだと思います?」

と聞いてみたんですね。
すると、

「にわとりさん(←もちろんこんな呼び方はされませんよ)て、
 なんか話してて気が楽なんですよねー。
 肩の力が抜けるというか、感覚が近いというか。
 ・・・あ、気を悪くしないでくださいね!
 話しやすくて頼りになるってことですよ!」

なんて答えが返ってきました。

まぁ最後の「頼りになる」ってのは明らかにフォローのお世辞なわけですが
(別に気を悪くしてはいなかったのでフォローは必要なかったんですけどね)、
「話してて気が楽」というのは本当にそう思っていただいてるっぽかったので
どうやら自分の感じていた理由は概ね当たってるみたいやなー、と思ったのでした。



誰でもそうだろうとは思うんですが、あたしも多くの人と同じように
人との対話のときに気をつけていることがいくつかあります。

若い頃は、意識していないと箍が外れてしまって失敗することもよくありましたが
さすがに齢30も半ばを越えますと、無意識に自然と気をつけられるようになってきました。

ただ、話の内容がいわゆる「相談話」とか「打ち明け話」に属する場合、
あるいは単なる雑談のようでもその中に微妙な雰囲気が感じ取れるような場合には、
今でも無意識に任せずに、キュッと気持ちを引き締めるようにしています。



そういう時に気を付けるのはいったいどんなことなのかといいますと、


]辰好據璽垢筝斥佞料び方などを相手に合わせる。

  相手の話の「間」と同じような「間」を自分の話にも持たせたり、
  相手の傾向や特徴に合わせた「言葉の選び方」をしたり。

  特に「言葉の選び方」はとても重要だと思っていて、これは要するに、
  「相手にとって難しすぎる表現や易しすぎる表現をしないようにする」
  「相手やその“場”にふさわしい表現をする」
  ということです。(もちろん、自分にできる限りの範囲で。)

  たとえば、「メソッド」という単語があります。
  これはよく、「方法・方式」とか「方法論」などと訳されます。
  まあそもそも「方法」と「方法論」の違いがややこしいんですが
  (「方法論」と訳すのも実は誤訳。方法論は「methodology」。
   でも、この言葉はほとんど和製英語化しているので
   「方法論」と訳しても特段の誤りではありません)、
  その辺の細かな部分についてはここではちょっと置いておいて、
  この単語を、場の空気とか相手の言葉遣いの特徴とかを考えずに、したり顔で
  「それはもう、メソッドの問題やしな〜」
  なんて言ったら、下手すると会話がそこで終わります。
  また、意味を知っていそうな少し専門的な言葉選びが目立つ人に対して
  少々噛み砕きすぎて
  「それはもう、物事のやり方、というか進め方、というかどうやって
   考えていくかというか、いくつかのパターンを想定してその中で
   どうアプローチを絞って取捨選択するかというか、そういう問題やしな〜」
  なんて言い方をすると、いやあまりにも回りくどすぎて、
  結局これまた逆に話がとっ散らかっちゃったりするわけです。

  要は「そういうことにならないように気をつける」ということなんですが、
  これだけで、本当にすごく雰囲気が違います。
  一言で言うなら、これをやると会話のテンポが合ってくるんですね。

  こうゆうの、どうやらコーチングの世界で言うところの「ペーシング」という手法に
  ちょっと近いところがあるみたいです。
  (ペーシングはもっともっと奥が深いようですが。)


頷きや感嘆、感情表現などの「表情」は少し大げさ目にする。

  『メラビアンの法則』ってご存知でしょうか。
  人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかを統計的に見た場合、
  見た目などの視覚情報が55%(半分以上!)を占める、というヤツです。
  (本当はそんな単純な話じゃなくてもっと専門的な研究みたいなのですが、
   詳しくはWikipediaなどでどうぞ)

  つまり、もしかすると自分の話やリアクションが相手に伝わるかどうかというのは
  半分以上「表情」によって左右されるかもしれないんですよ。

  また、人間と動物の違いのうちの一つは「表情の豊かさ」だと言われますが、
  でも、よく考えたらその「表情」って、実際どれくらい表してますか?

  一日24時間のうちで本当に「表情」が出ている時間というのは、
  喜怒哀楽や驚き、恐怖、苛立ち、安堵など全部含めて、
  実はトータルするとせいぜい2〜3時間程度なんじゃないかと思うのです。
  (いつも何かの表情をしてる人がいたら、気持ち悪くてちょっと近寄れません(笑))
  ということは、残りの21〜22時間は、ほぼ無表情で過ごしているんですよ!

  そのことに気がついたときに、なんとなくですが
  「あ、これは意識的に動かさないとダメだな、トレーニングが必要だな」
  と思ったのでした。

  表情ってのは基本的に「作ろうとしないと出来ない」と思ってます。
  喜怒哀楽の感情表現はともかく、頷きや感嘆などは特にそうだと思います。

  これをやると、場に「温度感」が生まれます。
  この「温度感」というのは、心と心を近付けるための触媒のようなものだと思います。

  ただし、お気づきかと思いますが、やりすぎには注意が必要です。
  やりすぎると演技のようになってしまい、逆に場が白けますので。。。 


E度に「自分の話」を混ぜる。

  よく、面談のときや相談所では相手の話の聞き役に徹し、
  決して自分の話をしてはいけませんという講話を耳にしますが、
  あたし的にはそれは間違っているというか、どうも片手落ちな気がします。

  これはバランスの取り方が少々難しいのですが、
  あくまでも「適度に」混ぜる、というのがポイントです。

  そう、これは「バランス」の問題なのです。

  人間は、何かにつけてバランスを取る生き物だと言われています。
  たとえば、
  ギャンブルで10回連続で勝つと、「そろそろ負けるんじゃないか」と感じます。
  一方的にオゴってもらってばかりいると、何か返さなきゃいけない気がします。
  対戦相手が強すぎたりすると、逆に弱い方を応援したくなったりします。
  運の悪い目に続けざまに合うと、自分ばっかりがなぜ、と感じます。

  とにかく、例を挙げたら切りがないくらいに、何でもバランスを取ろうとします。
  そして、そのバランスが悪いと、必要以上にキモチ悪く感じたりします。

  これは会話のときにも結構同じようなことが言えるんじゃないかと思うのです。
  一方的に自分の話ばかり聞いてもらっていると、なんとなくバランスの悪さを感じて
  ふと気づくと少しだけ居心地が悪くなっていたりします。
  (単なる雑談のときは、たまにずーーっと一人で喋ってる人がいますね。
   そういう人を見るとちょっと違うかなと思いがちですが、実はそういう人でも
   「後から思い返すと、ちょっと喋りすぎたかなあ」と感じていたりすることが多く、
   やっぱり結構同じなんじゃないかと思います。)
  で、「これ以上自分ばっかり話したら悪いかな」と、無意識のリミッターが働く。
  そうすると、結局全部吐き出せていないので、「気持ちよくない」わけです。

  したがって、適度に聞き手側も自分の話をしてあげた方が、
  相手も多少気楽に話すことが出来るんじゃないか、と思うわけです。
  (ただし、それは「反論」ではなく、たとえば「経験から来る共感」などの方が
   より望ましいだろうとは思います。)

  「聞き上手」は「聞かせ上手」、ということですかね。
  もちろん、いつでも誰でも必ず通じる、というわけではありませんが。。

  ちなみに、自分の話をするときの話の内容自体は、
  別に面白くなくっても、何でも良いと思ってます。
  面白くない話でも、それを延々とやらなければいいだけのことです(笑)。
  相手が自分の話を「聞いてくれる」ことで、勝手にバランサーが働くからです。

  ちなみにその2ですが、
  人は同じ話を何度もすると満足度が高い、というデータがあります。
  同じ話を何度もするのは、けっしてオヤジだけではありません。
  これは若い人でも同じです。
  若い人は同じ話をしないのではありません。同じ人にしないだけです。
  オヤジが同じ話ばっかりするように感じるのは、
  ただ単に、その人にその話をしたことを忘れて、同じ人に話してしまうからです。

  なので、相手に気持ちよく話をさせようと思ったら、
  「その話は前に聞いたよ、もう○回目だよ」感を出してはいけません。
  もし度を越していてそれを出す場合には、
  イヤな顔をするとかではなく、和やかな笑い話にでもしてあげましょう。


ぁ峅兇聞いてやる」感を出さない!

  これは実に重要ですね。もしかすると一番重要かも。
  いわゆる“上から目線”ってやつです。

  もちろん、たいていの人は、“上から目線”は嫌いだと思います。 
  ただ、ちょっとややこしいのですが、実は本当に気をつけなきゃいけないのは
  「上から目線でものを言う」方ではなくって、
  「上から目線でものを聞く」方なのではないかと思うのです。

  イメージが湧きますか?
   「よぉし聞いてやる、話してみろ!」
   「まぁ待とうぜ、まずは話を聞いてやろうぜ」
   「(斜に構えて)うん、どした?」
  って感じのやつです。
  ・・・いや、同じセリフでも上から目線じゃなく気持ちの良い場合もありますが、
  まあとにかく気持ち悪い方のやつです。

  これは完全にあたしの仮説ですが、
  上から目線でものを言われた場合、その話の内容がしょうもなければ
  心の中で相手を馬鹿にすることでバランスが取れます。
  また、極端なハナシ陰口だって構いません、言い返しようもあります。
  逆に、その話の内容がすばらしいものであったりした場合には、
  ときに上から目線で言われた方がよりいっそう心に強く響く場合があります。
  (あくまで「ときに」ですよ。)

  ですが、これが「上から目線でものを聞く」ということになりますと、
  どうにもこうにもバランスが取れません。
  相手は聞いてくれようとしてる・・・でもその態度がムカつく、話しても無駄な気がする。
  というわけのわからない状態になるわけです。

  結局、とりあえず話すには話すんですが
  言いたいこともスッキリとは言えず、当然聞きたいことも聞けず。
  欲求不満が溜まってしまうだけで、一つも良いことがありません。

  しかも・・・、上から目線でものを聞く人は、ちゃんと最後まで話を聞かず、
  自分勝手な解釈で理解が中途半端なまま、たいてい上から目線でものを言います。
  この「最悪セット」で最もかみ合わない事態になってしまう場合が多いので、
  余計に厄介なのです(笑)。。

  あたしはこれが怖くて、だいたい相談事や打ち明け話を聞くときには
  自分のチョッとした話を先にするようにしています。
  で、「なんとなくの順番」感で相手に話を切り出してもらうようにする方が
  何だかんだで上手くいってしまったりするからです。

  でもそれも考えもので、相手の話に移る前に変に議論になっちゃったりすると
  それはそれで困ったことになってしまうので、注意が必要です。
  どの程度の話を前振りにするかは、いつも迷うところですね。。。



・・・とまあ、あれこれと思いつく細かい点を挙げていったらまだ他にもあるんですが、
自分的にウェイトが大きくて主要なのは、だいたいこんなトコロでしょうか。

自分としてはそんなに複雑に考えているつもりはないのですが、
こうやって文章にしてみると、結構ダラダラと回りくどかったですねえ。

中にはきっと、あたしと逆の考え方をされる方もおられましょうが、
まあ考え方は人それぞれということで、ご容赦くださいな。



最近また、少しずつエントリが増えてきましたね。
バイオリズムみたいなもんで、
何か書きたいな〜という時期と、めんどくさいな〜という時期があるんですなあ。

ま、とにかくユルめにやっていきます。はい。
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