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松山城

  1. 2011/07/18(月) 02:59:35|
  2. お出掛け|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
松山城
 シゴトで訪れた愛媛県は松山で少し時間を作れたので、
 松山城に行ってみました。






 
いきなりですが、いま日本には幾つくらいお城があるか、ご存知でしょうか。

お城が一番多かったのは、1600年前後と言われています。
戦国時代末期から江戸時代初期にかけての時期ですね。

その頃の日本には、大小含め3000城以上のお城が建っていたそうです。
ただ、実はこれには諸説あって、
お城の解釈を「小さい砦のようなもの」まで含めると
2万5千とも、専門家によっては3万とも4万とも言われます。

それが、江戸時代に入ると「一国一城」という制度が発令されまして、
1つの藩に1つの城しか認めません、それ以外は壊しなさい!という命令が出ました。
これによって、城の数は一気に200以下にまで減少してしまうんですね。
つまり、砦的な建物を除いた「それなりにお城な建物」が3000ほどあったとして、
そのうちの約2800ものお城が、この時に破壊されてしまったわけです。
実にもったいない!

その後も、日本のお城は減少の一途をたどります。
明治維新後には「廃城令」というのが制定されまして、
その頃には近代兵器の発達で既に何の役にも立たない無用の長物と化していたお城は、
ことごとく放棄・破壊されていってしまいました。
中には松江城のように、地元の名士によって買い上げられて保存された例も
あったりはしますが、それは希少な例ですね。

さらに昭和に入って戦争に突入しますと、
城は空襲の際に格好の標的になり、多くの国宝級のお城が消失してしまいました。

そんなこんなで、江戸時代以前から現存する城はたったの12城しかないんですね。

戦後には多くの城が再建されましたが、
そのほとんどは町のシンボルとして、いわゆる観光のための城として
近代的な建造物となっています。
以前にも書きましたが、名古屋城や大阪城なんかが代表的ですね。
ここで取り上げたお城も、そのほとんどが内部は展示館になってます。
賛否両論ありますが、まあ仕方のないことです。。。



さて、前置きが長くなりましたが、
松山城はそんな「現存12天守」のうちの一つなのであります。

リフトから
 お城へは、リフトかロープウェイで登っていきます。
 約3〜5分ほどでしょうか。

 徒歩でも登れますが、1時間はかかる様子。
 無理無理。。


天守より 本丸から本壇へ、
 一ノ門・二ノ門・三ノ門・筋鉄門と上っていきます。

 右下の通路と左の通路ですごく段差があるのが
 見て取れますでしょうか?
 敵が進入しづらい造りになっているのがよくわかります。


狭間 塀には、「狭間(さま)」と呼ばれる
 穴がたくさん開いてます。
 ここから鉄砲や弓矢で敵を撃つんですね。

 裏側は、火縄銃の火薬で燃えないように
 しっかりと漆喰で塗られています。


乳鋲
 これは「乳鋲(ちびょう)」といいます。
 そう、お城やお寺の門なんかによくあるアレです。

 みうらじゅん先生が『TV見仏記』という番組で
 幾度となく呼び名を紹介している、お気に入りアイテム。


ちなみにこの『TV見仏記』というのは、
敬愛するみうらじゅん先生といとうせいこう先生のお二人が
京都や奈良をはじめ、全国の仏像をぶらぶらと見て歩きながら
ただただどうしようもない雑談を繰り広げる様を電波に乗せて流すという、
たいへんユルくて、それは素敵な番組です。

あたしはこの番組を見て、仏像の楽しみ方が180度変わりました。

興味のある方は、ぜひ『見仏記』で検索してみてくださいな。


天主内部
 シュッと中に入ってきました。

 さすが現存12天守、階段の角度が60度位あります。
 古いお城の良い雰囲気。。。



甲冑 ふと見ると、脱ぎ捨てられた甲冑が。
 どうやらここで、甲冑の試着体験ができるようです。

 試しに兜だけ被ってみようとしましたが、
 サイズが小さすぎて、全く入りませんでした。
 子供用かなぁというくらい小っちゃかった。

 でも、なかなか本格的な甲冑でしたよ。。。


天守
 大天守まで上がってくると、
 さすが高台の上に建てられているだけあって、
 四方になんとも良い景色が広がります。




この天守はちょっと珍しいらしくて、
通常天守というのは、戦闘のときの「最後の籠り場所」となる所なので
一切の生活感も飾り気もなく、床と柱だけというのが通例だそうです。

天守に上るのは負け戦の最後の籠城を想起させるため縁起が悪いということで
どんな殿様もお城が落成したとき1度だけしか天守には入らない、
なんていうエピソードは結構有名なところですね。

それが、この松山城の天守にはちゃんと天井板も張られているし、
床は畳が敷ける構造になっていたり、敷居にも襖を入れる溝があったりします。
さらに、シンプルながら床の間まで付いています。

江戸時代も末期に近い1835年に落成した再建天守ですから、
もうその頃には戦国時代のような役割は古い慣習になってしまっていて、
もしかすると、ちょっとした宴会やお月見なんかで
ちょくちょく天守を使っていたのかもしれませんね。


雀
 降りてきて、本丸広場にある茶屋で一服。

 ここで売っている「いよかんソフト」は絶品です。

 人懐っこい雀がいたので、少しお裾分け。。。




さてさて、「現存12天守」にはこの松山城の他に何があるかといいますと、

  弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、
  松山城(備中)、松江城、丸亀城、宇和島城、高知城

の11城です。
行ったことがあるのは、今回の松山城を含めてたったの5つのみ。

せめてこの12城は、日本人として全部見ておきたいところです。
しかも、国宝4城のうち松本城にはまだ行けてませんし。

のんびりペースですが、
上手いことサボるチャンスがあれば(笑)、狙っていこうと思っております。
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